Aiko's blog

今日も素敵なすてきな1日を*

■ 笑いのインプット ■

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真面目で頑固で融通きかなくてマニュアル人間な私は、

おふざけやユーモアや笑いの偉大さに気づいている。

 

だから最近はずっと、

吉本新喜劇(主にすっちー)や笑える作品や文章をインプットしている。

 

・・・と、ここまでの文章がすでに堅苦しくて何の面白味も表現できていないくらいに、真面目です。こんにちは。

 

いいじゃないか。
このクソ真面目を活かしてユーモアにしていこう。うん。

 

あゝ、女の子がクソだなんて言ったらダメだ。

女子たるもの、上品に丁寧語を使わないとね。

 

この、おクソ真面目を活かしてユーモアにしていくのよ。うん。

 

特にインプットしていきたいユーモア様。 

 

吉本新喜劇のすち子さん、
『ブスの本懐』のカレー沢薫さん。etc...

 

面白い人は、頭が良くて頭の回転が速くて、
語彙力と表現力がみなぎっている。

 

私のおクソ真面目さもみなぎっている。(抑えろ)

 

あ、でも著作権無視するくらいには不真面目よ。

 

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■ 死んだらそのとき ■

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ミサイル飛んできたらそのとき。
死んだらそのとき。

 

精神的にも肉体的にも死んだような感覚は慣れたので、特に不安や怖さがない。

 

薬を沢山飲んで全身の神経が麻痺して動けなくなったり、内臓がぐちゃぐちゃになるような強いうつ状態

 

死んだらそのときだ。

ムリして明るくて前向きな投稿ばかりする気もにゃい。


そういう投稿の方がウケが良いからとか、
人から良く思ってもらえるからとかは、
今の私にとっては重要じゃない。

 

私は自分のために書いている。
表現は癒し。

 

文章まで他人のことばかり気にして、自分を偽ってムリをするのはごめんだ。
私はそういうのにはもう心底疲れたから。

 

私にとって書くことは、自分の内面を吐き出せる安息の地なのだ。そこにまで制限や禁止を設けたくない。

 

「ネガティブな投稿をする人間は〜」などど批判する人も、私ほどに分かりやすい形のネガティブじゃないだけ。

 

一見ポジティブな人も、

攻撃的批判、攻撃的否定、

積極的批判、積極的否定

という形でネガティヴを表現していたりする。(私もね)

 

いつもネガティブとポジティブは共存している。

どちらも、いつも自分の中にあるもの。

 

どちらか一方だけが良いとか悪いとかではない。  

どちらか一方だけを、ないものにしない。

 

どちらも、ある。どちらも、あっていい。

 

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■ 外国から学びたいこと ■

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私が海外に行ってみたい理由は、
外人の体感覚を学び、吸収したいから。

 

なんの体感覚かというと。

 

「他人がどうであるかを気にせず、
自分の素直な気持ちや意見を、ズバズバ主張できる感覚」や、

「どんな相手も『対等』である感覚」

のこと。

 

(「対等」な目線だからこそ、率直な感情表現、意思疎通ができるのだろうと推測しています。)

 

長ったらしいので簡潔に言うと、

 

「自己主張の強さ」
「上下関係のなさ」「対等さ」
「その背景の体感覚」

 

を学びたいということ。

その「体感覚」を知りたい、吸収したいということ。

 

もちろん、一口に「海外」といっても、
色んな国がある。

 

例えば、儒教を重んじる韓国は、
日本の感覚に近いところもおそらく多いんじゃないかと思う。


(ただ、上下関係は似ているけど、自己主張はハッキリしている国民性のように思うので、
日本ともまた違うような気がしている。)

 

例えば、アメリカなどの海外にも上下関係はあっても、
その「上下」の中身が違うんじゃないかなって。

 

実力主義」なイメージがあるアメリカの「上下」は、
年功序列・肩書き」が優先される日本の「上下」とは、

きっと全然違うんだろうなって。

 

言いたいことをハッキリ言い合える対等さと率直さがあるからこその、
「実力」「上下」のようなイメージ。

 

もちろん、アメリカや他の国にだって、
年功序列や肩書が優先されやすい場合もあるだろうし、
差別意識に基づいた上下関係などもあるだろう。

 

ただ、そういう細かい点は置いておいて、
海外の人の体感覚や想いを知って、吸収してみたいって思う。

 

なぜかって、やっぱり私は、
他人に直接面と向かって、
自分の率直で素直な意見や感情を表すのが、
とても苦手だから。それでストレスを溜めやすいから。

 

それと、無意味で無駄でしかない上下関係が嫌だから。

そうじゃない海外の人のあり方や姿勢が、
素敵だな羨ましいなと思うから。

 

だから、
対等に率直な意思疎通をするのが当然な外国の精神・文化を、
吸収したいなって。

 

率直な意思疎通ができる海外の人たちは、
さっぱりしているんだよね。


喜怒哀楽がストレートだから、潔いというか、なんというか。

私みたいにねちっこくないのよ。笑

 

でもそれは、
自己肯定感や自信、あり方に育ち方、育て方、
精神性、文化、歴史・・・などの根本的なところから違うからだと思う。 

 

その、「体感覚」を知りたい吸収したい。

そのために、一度くらいは海外に行ってみたいと思っているのだ。

 

いつになるかは分からないけれど、
どうせなら1人で行けたらいいな。 

 

対等で、率直だからこそ、
大変有益で中身のある人間関係や創造性が生まれると思う。

 

(かといってもちろん、何でも率直がいいとは限らない。

日本の謙虚や配慮や思い遣りの良さは、
何にも比べられない。

素晴らしいし、これからもずっと受け継いでいきたいもの。)

 

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■ 大好きな人が1番 ■

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人として、

 

「大好きだ!」
「この人!」

 

と思える人の近くにいるのが、1番だって思う。

 

自分の力や可能性は、

 

「大好きだ!」
「この人!」

 

と思える人とだからこそ、

引き出されるし、活かされるって。

 

・・・・・

 

今まであんまり気にしたことがなかったけれど、

私はたびたび、
上のステージにいる人からお誘いを受けていたことを思い出した。

 

私が所属していたコミュニティの長と一緒にビジネスをやっていた人や、
その長のビジネスパートナーのそのまたパートナーの人や、
その長と面識があってビジネスで結果を出し続けている人、

 

などに、そういえば以前お誘いを受けていた。

 

あ、色っぽいお誘いではありません。笑

 

「僕らのところにセールスライターとして本気で修行しに来ませんか?」


「セミナーのお手伝いしてくれる人を探しているのと、一度会って話してみたいです。」


「僕のサイトのライターやりませんか?1記事~円で。」

 

といったお誘いだった。

 

それぞれ、本気度には差があるけれど、
本気でガチなものもあったし、どれもおふざけではなく、
真面目なものだった。

 

その界隈では活躍している人ばかりだったから、
誰にでも声をかけているワケでもないだろうことは分かる。

 

もちろん、本当の真相は、その誘いを受けてからでないと、
分からないかもしれない。

 

だけど少なくとも私には、おふざけではないと感じられた。

 

なのだけど、お誘いを受けた当時は、

今よりも 

人への不信感が強かったり、
精神的な不安定さが強かったり、
自分はどんな道に進みたいのかよく分かっていなかったり、
相手に対して「この人!」と思えなかったりして、

結局すべてお断りする形となった。

 

お断りの理由はいろいろあるけれど、

今になって考えると、

何より「この人なら!」と思えるような相手ではなかったことが大きかったなぁと思う。

 

でもそれは、相手に問題や不足があるという意味ではない。

 

単に、歴史や背景や思い入れなどがなかったということ。


そもそも、そのお誘いをされたとき、初めて直接コミュニケーションを取った人ばかりだったので。

 

確かに信用できそうだし、お世話になっている人とも関わりがある相手だけれど、
何も知らない相手。

 

もちろん、そこに思い切って飛び込むからこそ、
いわゆる「成功」に近づくのかもしれないし、

「成功」する人って、そういうタイミングを掴む人だったりもするだろう。

 

だけど、当時の私は、
すでに

 

「この人が好きだ!」とか
「この人がいい!」とか
「この人!」と思える人たち(複数形です)

 

と出逢っていた。

 

だから、それ以外の人は、
信用できそうな、すごそうな人でも、
本気でついていきたいとは思えなかった。

 

一度お誘いの中の一つを受けようとしたこともあったけれど、
やはり「この人!」と思える人じゃなかったから辞めた。

 

今振り返ると、それでよかったなぁって思う。

 

・・・・・

 

そして今。

「この人!」と思える方の、

めっちゃ小さくて些細だけど、お手伝いをさせていただいている。
作業内容だけなら、正直誰でもできるくらいの。

 

(とはいえ誰でもできることを、全うすることも、今の私はまだまだできていない未熟者の塊ですが。)

 

だけど、

自分が信じられる思い入れのある人だからこそ、

もっと貢献できるようになりたい、
もっと成長していきたいって心から思える。

そして内側からの充実感がある。

 

なんでもそうだけど、
やっぱり自分が好きな人、思い入れのある人、
「この人!」って思える人が1番だと思う。

 

例えば、私がお世話になった方が最近写真家活動をされているのだけど、
私もその人に写真撮ってもらいたい!って思う。


それは、私がその人のことを大好きだから。
「大好き!」「この人!」と思える人だから。

 

恋愛感情とはまたちょっと違う。

 

もっと深いところ、

 

人としての「大好き!」「この人!」

 

という感覚。思い入れ。想い。信頼。愛。

 

好きな人なら、下手くそでもいびつでも偏っててもブサイクでも何でもいいくらい。

 

むしろ、好きだからこそ不自然なキレイさとか美しさとか整いとか、邪魔だったりする。

 

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■ 強さの証明 ■

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強さを証明できるのは、

自分よりも強い人間を倒したとき。 

 

自分よりも弱い人間をいじめたところで、
「自分は弱いです」と言っているようなもの。

 

強さを証明したいなら、

 

黒人のプロボクサーやプロ野球選手に、

 

1人で喧嘩売るくらいは最低してほしいところ。

 

武器も持たずに。一対一で。

 

1人でアメリカのスラム街に行って、

ケンカ売ってくるとかね。

 

そんなこともできないくせに、
自分よりも弱い存在に当たってばかりな人間にはなりたくないわん。

 

ちなみに私は肉体的には弱さの極みですので、
優しくしてください♪

 

暴力も暴言も嫌です。
そういう人とはさようなら。

 

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■ 仕事を楽しんでいる人は、人生を楽しんでいる。 ■

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今日は目立ったミスなく、
いつもの自分にしてはスムーズにお仕事ができた。

 

よかった。。

 

安心して1日を終えられる。
心からよかった。

 

休み明けの出勤日の朝は、
強いうつ状態になりやすくて
「今日はムリかもな…」
と思わず止まってしまいそうになる。

 

だけど、そこで踏ん張って出勤すれば、
体を動かし人と接するから状態が良くなる。

 

一日休んでしまうと、
そこからズルズル休みが増えていくのは目に見えているし。

 

今の環境なら、
仕事に行けば良くなるのは分かっている。

 

だから絶望的な朝を迎えても(苦笑)、

 

「ココで休んだらご飯が食べられなくなる」
「ご飯を食べるため」
「休んだらクレジットカードの借金も払えなくなる」
「借金を払うため」
「休んだら実家に戻るハメになる」
「実家に戻らずココで快適に暮らすため」
「生きていくため」
「快適にココで生きていくため」

 

と言い聞かせて、
自分をなんとか家から出してあげるのだ。

 

何度も書いているけど、
今の職場は本当に素晴らしいから、

 

うつの誘惑に流されて辞めることはしたくないのだ。

 

今まで同じ職場で2年以上続いたことがないから、
最低でも2年以上は続けてみたい。

自分の記録を更新したい。

 

就職活動をしたことすらなくて、
年単位でまともに働けたこともほぼなくて、
仕事に対する考え方も甘々だった私。

 

精神状態が改善されるにつれ、
少しずつ仕事のことをちゃんと考えられるようになってきた。

 

仕事を楽しんでいる人は、
目の前の今の仕事に集中している。
目の前の仕事に志をもってやりがいを感じている。

 

そういう人はプライベートも充実している。
人間関係も人生も豊かで楽しんでいる。
人柄も魅力的。

 

そんな職場の先輩たちの姿を見て、
「素敵だなぁ。私も楽しめるようになりたいな。」
と思った。

 

自然によい影響を受け、少しずつ学んでいくようになった。

 

人生も仕事も人間関係も楽しんでいる先輩たち。
私もここで楽しく修行を積んでいけば、
ぐんと成長できるだろう。

 

現にこの職場のおかげで、
変化したこと成長したことが多いなぁと実感できている。

 

・・・ミスなく終えられると、こんなにも前向きな文章が書けるみたいだ。あは。

 

心の平穏で満たされています。
ありがたや。

 

心の余裕ができたのでイラストに手を加えた。
人の手足や体を描くの難しいー。

 

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■ お金を稼げない人の特徴 ■

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お金は価値との交換。

 

稼げない人にとっては、 
その「価値」というのがネックなのだ。

 

自分はそんな価値を生み出せない、提供できないと思っているから。
自分はそんな価値をいただいて良い存在だと思っていないから。

 

もし価値を生み出せたとしても、
お金をいただく価値のない自分は価値を受け取ることができない。

 

価値のない自分は、
価値のあることを生み出せない。 

 

価値のない自分は、
誰の役にも立たない。

 

価値のない自分は、
価値のあるお金をいただけない。

 

役に立ってもいただくことに抵抗がある。

 

「他にもっと価値のある人がいる」
「他の人がいただいた方がいい」
「お金なら他の人に払った方がいい」
「自分じゃなくていい」
「自分はボランティア程度が似合っている」
「自分は価値をいただく価値がないから」
「他の人に『あんなのでお金をもらっているのかよ』と否定されるのが怖いから」

 

などと決めつけている。

 

いただくことに申し訳なさが伴う。

 

たとえ、実際に誰かの役に立てたり、
誰かに喜んでもらえたとしても同じ。

 

そこでお金を差し出されても、

 

「嬉しいし、ありがたいし、お金は欲しい。
だけど、自分なんかに申し訳ない。」

 

と感じる。

 

差し出されたお金はお返しするか、
恐縮ながらいただくかのどちらかだ。

 

もちろん私もお金はとても欲しい。

 

貯金なんてずっとゼロ円に等しいし、
クレジットカードの返済が溜まっている。

 

だけど、稼ぐ意欲がない。

 

稼げる方法を知っても、
それを続けることが苦痛になる。 

 

やりたいことで稼ぐほどの意欲もない。

そこまでしてやりたいこともない。

 

いつも自分のことばかり考えている。
他人に価値なんて与えられない。

 

与えられたとしても、
自分はそんな価値を受け取れないと抵抗する。

 

そうやって、
欲しいけど、諦めていくのが多くの人なのだ。

 

だけどそれでも、
みんな大なり小なりお金や価値をいただいている毎日。 

 

そうじゃなきゃ、
みんな今生きていない。

 

抵抗があっても、いただいていることは事実なのだ。

 

お金(価値)は、与える側も受け取る側も、

 

「お金を払う価値がある」
「お金を受け取る価値がある」

 

という前提の上で、行き来が成り立つ。

 

どちらにも、価値があることを認めていなければ、
お金の行き来は難しい。

 

払う価値がないと見なせば、ストップ。
受け取る価値がないと見なせば、ストップ。

 

働けばお金をもらえているのは、
国が制度として決めてくれているから。

 

制度がなければ、
お金の流れはストップしやすくなる。

 

それは、

 

「誰かには価値があって、誰かには価値がない」

 

と決めつけているから。

 

誰にも価値がないなら、
何にも価値がないなら、

 

お金という価値は誰にも与えられない。

 

何かに価値があるから、
お金が誰かに与えられる。

 

だけど、

貧困地域に住んでいる人たちも、
ニートや障害者や病人や犯罪者と呼ばれる人たちも、

 

誰かから支援されていたりする。

 

貧しい人たちに、誰かがお金を払っている。

 

それは、

 

「お金を払う価値がある」
「お金を払って支援する価値がある」

 

と認められているということ。

 

ということは、
貧しい人たちだって、どこかでだれかが「あいつなんて・・・」とぼやいている誰かだって、

 

「価値がある」

 

という意味になるのだ。

 

・・・・・だんだん話が本題から逸れてきた。。

 

お金ももちろん沢山欲しいけど、
好きな人と愛し愛され穏やかに暮らすのが何より豊かだ。 

 

お金と愛どちらが大事なんて質問はナンセンスで、
たぶんどちらもあるからこそ豊かなんだろう。 

 

お金があっても一人ぼっちなら楽しくないし、
愛があってもご飯が食べられなければ苦しいもの。

 

お金も食べ物も愛も、あるところには有り余ってるのに、
なんで全員に回っていかないんだろぉ〜。

 

好きな人を独り占めしたいのと同じなのかなぁ。

 

人間ってそういう生き物なんだろうな。

 

大切なものは自分だけのものにしたいんだよね。

 

大切なものは自分だけになってほしいんだよね。

 

浮気症の人だって、自分の女は自分だけの存在でいて欲しいと思ってたりするもんね。

 

ある部分では「共有すればいい」と思っていても、別の部分では「自分だけのものにしたい」と思っていたりするのが、私たち人間なのかもしれない。

 

分からないけど!

 

いつものことながら、話がずいぶん飛び飛びで逸れたところで終わり〜☆

 

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