Aiko's blog

今日も素敵なすてきな1日を*

■ 弱ったときこそ気をつけよう ■

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最近はインターネット障害のトラブルが多発しているみたいですね。
今日もfacebookがダウンしてたり。

 

こういう弱っているときに、
人間や大衆は洗脳されやすいので注意。

 

例えば、この動画↓で紹介されているような

【SoftBank World 2017】サイバー攻撃対策プラットフォーム / リオ・ディヴ - YouTube


「守ってくれそうなモノ」
「救ってくれそうなヒト」


である。

 

しかし、この動画で出てくる人も内容もソフトもなんだか全部怪しいかんじがする。

 

あくまで、私の完全な主観だけど。

 

( この動画内で紹介されているようなソフトを、

安易にダウンロードしないようにしよう。


ソフトバンクだとかイスラエル軍のなんちゃらとか、

外人とか横文字とか英語といった「権威」に、惑わされないこと。

以下のリンクはそのソフトのレビュー。
問題多発している。

Cybereason RansomFree の評価・レビュー - フリーソフト100  )

 

「超危険ですよ!大変ですよ!
でも、このフリーソフトをダウンロードするだけで、安心安全です!」

 

というのは、とりあえず、
よく考えた方がいいと思う。

 

日本人なんて、こういうのにすぐ流されるだろうし。

 

実はこのソフトこそが、
危険なものかもしれないから。

 

そういうパターンって、よくあると思う。 

 

私はこのサイバーリーズンという会社や人物や内容のことなんて全然知らない。

良いモノか悪いモノかも知らない。

 

ただ、この件に限らず、

 

「不安や恐怖を感じたときの
物事の見方・捉え方・対処」

 

はよく考えて冷静になった方がいいよねーと思いまちた。

 

何かを一方的に、悪いと決めつけることが争いの始まりなので、不必要に悪者扱いしなくていい。

 

・・・と、いつも感情的になるのが得意で、 特に恋愛では「なんでやねん!」を連発している私がこの口で言ってます。…あ、書いてます。♡えへ

 

P.S.
病んでるときに始まる恋愛から学んだとか、そうじゃないとか。

 

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■ 外と内のバランス ■

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対面でのリアルな人間関係では、

 

「何を考えているのか分からない」
「どんな人なのかよく分からない」
「もっと自分を出したらいいのに」
「本当にそう思ってる?」

 

と言われることがある。

 

自分でも、人前でうまく表現できないと感じることは多い。

(または、反対に、我が強すぎるほどの対面表現になることも多い。)

 

ずっと一人でいることが多かったから、
日常的に人と会話するとかコミュニケーションを取り合うことに慣れていないのも大きい。

 

その分、文章では自分の思いを思いっきり表現できる。

その分、文章なら思う存分自分を表現できると感じている。

 

単純な意味で、書くだけなら、
他人がいない世界だから。

 

誰かを気にしなくていい世界だから。
制限がない世界だから。

 

誰かを気にしたり何かを恐れる必要がない。
単純に、書くだけなら。

 

どんな自分も許される。
どんな自分の気持ちも受け入れられる。表現できる。

 

そんな世界が嬉しい。
解放される。

 

そんな世界をもって、
何が悪い?
と傲慢かもしれないけれど思う。

 

確かに、インターネットなど他人の目に触れる場所で公開するときは、

本当にどんな表現をしてもいいとは言えないかもしれない。
(明らかに、誰かを不快にしたり傷つけるような内容など)

 

しかし、昔は2ちゃんねる、今はツイッターなどで、
行き場のない苦しみを言葉にしている人は尽きない。

 

我が強すぎない人って、
普段から、どこでも自分を適度にしっかりと表現できているように感じる。

 

(我慢することが多いと感じる人にとっては、
たまに「よくそんなこと人前で表せるなぁ」と驚くほど。)

 

私のように我が強い人って、
どこかで我慢しすぎて、どこかでその分強すぎる我が出てきているように感じる。

 

(ちなみに、我慢してようがしてまいが、どちらかが優れているワケではない。)

 

「自分を消せ」などと仕事や公では言っている人間が、

 

プライベートで特定の相手には
「強すぎる我(エゴ)」
をぶつけていることも、非常に多い。

 

我が強く見える人も、強くないように見える人も、
「我の総量」は同じじゃないかと私は思う。

 

その表れ方のバランスが、
大方均等か、偏っているかの違いじゃないかなって。

 

オレはそんなことない、と思っているそこのあなた、
誰かに理不尽な態度をとったりしていませんか。

 

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■ 最強に面白かった映画。■

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ただの恋愛モノ映画じゃなかった。

 

むっちゃくちゃ面白い。これ。

最高だな。

 

そしてこの映画を、
微笑ましく笑って見られる今の私にも、万歳。

原作者と監督に演出に俳優陣にカメラワークも、
ぜんぶ素晴らしい。

 

助演男優賞は、マルチの営業部長さんだな。笑

 

私たちの日常にあふれるワンシーンを、
一つ一つ、丁寧にしっかり細部まで読み取り感じ取れる人でないと、このような作品は作れない。

 

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■ 私とあなた ■

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人殺しを殺して人殺しになる。

 

批評家を批評して批評家になる。

 

ミイラ取りがミイラになる。

 

私も誰かも、似たようなものなんだろうなー。

 

 

「そこで、止める」ことは


成熟しているからこそできるのかもしれない。

 

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■ 笑いのインプット ■

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真面目で頑固で融通きかなくてマニュアル人間な私は、

おふざけやユーモアや笑いの偉大さに気づいている。

 

だから最近はずっと、

吉本新喜劇(主にすっちー)や笑える作品や文章をインプットしている。

 

・・・と、ここまでの文章がすでに堅苦しくて何の面白味も表現できていないくらいに、真面目です。こんにちは。

 

いいじゃないか。
このクソ真面目を活かしてユーモアにしていこう。うん。

 

あゝ、女の子がクソだなんて言ったらダメだ。

女子たるもの、上品に丁寧語を使わないとね。

 

この、おクソ真面目を活かしてユーモアにしていくのよ。うん。

 

特にインプットしていきたいユーモア様。 

 

吉本新喜劇のすち子さん、
『ブスの本懐』のカレー沢薫さん。etc...

 

面白い人は、頭が良くて頭の回転が速くて、
語彙力と表現力がみなぎっている。

 

私のおクソ真面目さもみなぎっている。(抑えろ)

 

あ、でも著作権無視するくらいには不真面目よ。

 

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■ 死んだらそのとき ■

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ミサイル飛んできたらそのとき。
死んだらそのとき。

 

精神的にも肉体的にも死んだような感覚は慣れたので、特に不安や怖さがない。

 

薬を沢山飲んで全身の神経が麻痺して動けなくなったり、内臓がぐちゃぐちゃになるような強いうつ状態

 

死んだらそのときだ。

ムリして明るくて前向きな投稿ばかりする気もにゃい。


そういう投稿の方がウケが良いからとか、
人から良く思ってもらえるからとかは、
今の私にとっては重要じゃない。

 

私は自分のために書いている。
表現は癒し。

 

文章まで他人のことばかり気にして、自分を偽ってムリをするのはごめんだ。
私はそういうのにはもう心底疲れたから。

 

私にとって書くことは、自分の内面を吐き出せる安息の地なのだ。そこにまで制限や禁止を設けたくない。

 

「ネガティブな投稿をする人間は〜」などど批判する人も、私ほどに分かりやすい形のネガティブじゃないだけ。

 

一見ポジティブな人も、

攻撃的批判、攻撃的否定、

積極的批判、積極的否定

という形でネガティヴを表現していたりする。(私もね)

 

いつもネガティブとポジティブは共存している。

どちらも、いつも自分の中にあるもの。

 

どちらか一方だけが良いとか悪いとかではない。  

どちらか一方だけを、ないものにしない。

 

どちらも、ある。どちらも、あっていい。

 

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■ 外国から学びたいこと ■

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私が海外に行ってみたい理由は、
外人の体感覚を学び、吸収したいから。

 

なんの体感覚かというと。

 

「他人がどうであるかを気にせず、
自分の素直な気持ちや意見を、ズバズバ主張できる感覚」や、

「どんな相手も『対等』である感覚」

のこと。

 

(「対等」な目線だからこそ、率直な感情表現、意思疎通ができるのだろうと推測しています。)

 

長ったらしいので簡潔に言うと、

 

「自己主張の強さ」
「上下関係のなさ」「対等さ」
「その背景の体感覚」

 

を学びたいということ。

その「体感覚」を知りたい、吸収したいということ。

 

もちろん、一口に「海外」といっても、
色んな国がある。

 

例えば、儒教を重んじる韓国は、
日本の感覚に近いところもおそらく多いんじゃないかと思う。


(ただ、上下関係は似ているけど、自己主張はハッキリしている国民性のように思うので、
日本ともまた違うような気がしている。)

 

例えば、アメリカなどの海外にも上下関係はあっても、
その「上下」の中身が違うんじゃないかなって。

 

実力主義」なイメージがあるアメリカの「上下」は、
年功序列・肩書き」が優先される日本の「上下」とは、

きっと全然違うんだろうなって。

 

言いたいことをハッキリ言い合える対等さと率直さがあるからこその、
「実力」「上下」のようなイメージ。

 

もちろん、アメリカや他の国にだって、
年功序列や肩書が優先されやすい場合もあるだろうし、
差別意識に基づいた上下関係などもあるだろう。

 

ただ、そういう細かい点は置いておいて、
海外の人の体感覚や想いを知って、吸収してみたいって思う。

 

なぜかって、やっぱり私は、
他人に直接面と向かって、
自分の率直で素直な意見や感情を表すのが、
とても苦手だから。それでストレスを溜めやすいから。

 

それと、無意味で無駄でしかない上下関係が嫌だから。

そうじゃない海外の人のあり方や姿勢が、
素敵だな羨ましいなと思うから。

 

だから、
対等に率直な意思疎通をするのが当然な外国の精神・文化を、
吸収したいなって。

 

率直な意思疎通ができる海外の人たちは、
さっぱりしているんだよね。


喜怒哀楽がストレートだから、潔いというか、なんというか。

私みたいにねちっこくないのよ。笑

 

でもそれは、
自己肯定感や自信、あり方に育ち方、育て方、
精神性、文化、歴史・・・などの根本的なところから違うからだと思う。 

 

その、「体感覚」を知りたい吸収したい。

そのために、一度くらいは海外に行ってみたいと思っているのだ。

 

いつになるかは分からないけれど、
どうせなら1人で行けたらいいな。 

 

対等で、率直だからこそ、
大変有益で中身のある人間関係や創造性が生まれると思う。

 

(かといってもちろん、何でも率直がいいとは限らない。

日本の謙虚や配慮や思い遣りの良さは、
何にも比べられない。

素晴らしいし、これからもずっと受け継いでいきたいもの。)

 

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