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Aiko's blog

今日も素敵なすてきな1日を*

■ 「絶対的な味方」に出逢えば、好き放題に生きられる。 ■

体験談 メンタル・こころ 読書

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ついつい、自分の気持ちを抑えてしまう人は、
他人に嫌われることを恐れている。

 

他人に嫌われることを、過剰に恐れている。

 

誰か1人にでも嫌われてしまったら、一巻の終わりだと思っている。
「私の人生、オワタ。」と思ってしまう。

 

なぜそんなに恐れるのか? 

 

それは、「自分には絶対的な味方がいない」と思い込んでいるから。
言い換えると、「自信がない」ということでもある。

 

自分自身が自分の絶対的な味方でいてあげられない。
誰か1人でも、自分以外の他に絶対的な味方もいない。

 

自分も他人も、味方じゃない世界。
誰一人として、自分の味方がいない世界。

 

自分ですら、自分自身の味方になってあげられない。

 

そういう世界に生きてしまっている人は、
ひたすら人に嫌われないように振る舞うしかなくなる。

ひたすら愛想笑いをして、ひたすら自分の感情を抑え込む。


そうしていれば、嫌われないから。

嫌われなければ、自分の存在は受け入れてもらえるから。
嫌われなければ、自分は存在していいんだと思えるから。

 

本当の味方などいない(と思い込んでいる)人間にとって、
嫌われるということは、「死」を意味する。

 

だって、味方がいない(と思い込んでいる)から。

 

味方がいない世界で、誰か1人にでも嫌われてしまうということは、
絶望的な出来事なのだ。

 

ただでさえ味方がいない。自信がない。
自分はココに存在していいと思えない。

 

そこに、「あなた嫌い」という他人が発生すると、
いよいよ追い打ちをかけるのだ。

 

「お前はもう終わりだ」
「お前はもう存在するな」

 

と死刑宣告を受けているように感じるから。

 

嫌われてしまうと、どこを頼りに生きていればいいのか分からない。
嫌われると、もう自分はどこに存在すればいいのか分からなくなる。

 

だって、味方がいない(と思い込んでいる)から。

 

嫌われても、味方がいれば生きていける。

 

「嫌う人がいたって、どんなときだって、どんなあなただって、
私はあなたの味方だよ。」

 

という存在こそが、生きる力になるから。
生きる光だから。

 

だけど、そんな存在がいないと思い込んでいるときは、
必死に愛想よく振る舞って、他人に気に入られる自分でいることでしか、
自分を保つことができない。

 

他人に嫌われていなければ、他人に気に入られれば、
自分は存在していいと思えるから。


それ以外に、自分の存在を許可できるものがないと思っているから。
そうすることでしか、自分の存在を肯定することができないから。

 

・・・・・

 

前回の投稿でも少し紹介した
『無愛想のススメ』
という本。

 

「なんか良さそうだな~」と軽い気持ちで手に取った。
自己啓発本とかメンタル系の本は、よく目にしてきたから、
正直そんなに期待はしていなかった。

 

けれど、予想外な結果になった。
予想外すぎる。自分でも驚いている。

 

『無愛想になる』というテーマが、この本の内容が、
あまりにも自分の抑え込んできた感情を呼び覚ましたから。

 

『嫌われる勇気』を読んだときは、こんな風に自分の感情が湧きあがることはなかった。
もちろん、面白かったし興味深い内容だった。
この本にはこの本で、素晴らしい役割がある。

 

けれど、私が必要としていたのは、知識じゃない。

 

自分の奥底に眠っているもの、抑え込み過ぎて感じることができなくなっていたもの。
見えなくなっていたもの。

そういうものを、呼び覚まし、感じること。気づくこと。

 

それが、私の求めていたことだった。

 

きっと、求めている人は他にも沢山いるはず。

 

・・・・・

 

自分を抑えて抑えて抑えて。
自分を殺して殺して。

 

行き場をなくした強い感情は、
どんどん、どんどん、自分の奥底に詰め込んでいった。

 

ぎゅ~~~~~っと。
いつの間にか、莫大な量になってギュウギュウに詰め込まれた感情たちは、
ついに破裂しそうになる。

 

他人や自分への「強い殺意」となるのだ。
そして「強い怒り」となるのだ。

 

塊になった強大な負のエネルギー。
それはもう、どこかに吐くことができる代物ではなくなる。
吐いてしまうと、誰かを不快にさせたり傷つける。

 

ますます、行き場をなくす感情。

 

どこにも行き場をなくした感情は、
とにかく「自分一人で処理しようとする」か「無理やりなかったものにしようとする」。

 

そうして全てが、自分の内側にある、狭い狭い押入れに押し込められていく。

 

そうして自分の気持ちがどんどん分からなくなっていく。

 

・・・・・

 

そんなときに、自分以外の存在によって、
抑え込んでいた感情が解き放たれる。

 

自分以外の存在とは、今回の私のように、気軽に手に取った本かもしれない。
そして、自分以外の「人」の存在でもあるだろう。

 

・・・・・

 

「自分の絶対的な味方」。

 

それは、他人でもあり、自分でもある。
そんな存在と出逢い、そんな存在に気づくこと。
そんな存在に包まれること。

 

そんな存在が、世界にはいるのだ。

 

外に出ていけば、きっとどこかに自分の味方はいる。

 

絶対的な味方に出逢った今の私は、
昔の私よりはるかにイキイキしてる。

 

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